国際コンベンションフォーラム

2008年2月27日水曜日

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どう言う訳か、私みたいな物が呼んで頂いたのが不思議なのですが、

先日、札幌で行われた、国際コンベンションフォーラムの地域ブラ

ンドをテーマにした分科会でゲストスピーカーとして参加させてい

ただきました。


もう一方のゲストスピーカーの三菱総合研究所の小松さん、コーディ

ネーターをやられた、北海道大学の内田さん、みんなすごかったですね。


地域ブランドについての事を、わかりやすく順序立てて、どのように

するべきか、とても勉強になりました。


こんな中で、そんな事を意識して、お店を始めていない私は、何を

話したらいいのだろう、来場されている方も、みんな詳しそうな方

ばかり....


まぁ、格好つけてもしかたが無い。


そのままの話をしよう、フラノデリスがどうやって出来たのか

何を、私がしてきたか、それが参考になるかどうか?

わかりませんが。


まぁ、私が話したのは、私は洋菓子店の主人なので、その立場から

とにかく美味しい物を作る、つまり一度食べた人がもう一度食べた

くなるような美味しさを作る。


新しいお客様に来て頂く、一度来てくれたお客様にもう一度来てもらう


原点はこれだけだと思います。

オープン準備中!

2008年2月23日土曜日

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高橋修一、以前にもブログで登場した、フラノデリスのマネージャをしていた、私の友人である。


マネージャをしていたと言うのは、つまり現在はしていないという事で、今は自分の店舗のオープンの準備中である。場所は富良野の町の中で、私がいつも出没している「韓国料理のソウルテラス」の隣、以前は北の国からのロケにも使われた、名店「郁乃」の場所にオープンする。

オープンは3月の上旬予定だそうです。


昨日、いつものように、私たちが「韓国家庭料理ソウルテラス」へ行った時、ソウルテラスの店主のマイククック氏がなんか忙しそうに準備しているのがガラス越しに見えていたよって。


なので顔を出したんですが、丁度、ハンバーグの試作中で、ちょっと食べる!といわれ、高橋がまだ、試作中やからなぁ〜って、私はいいよいいよって、食べたんですが、肉汁がじゅわ〜って、ものすごく美味しかったです、ここまでのハンバーグはなかなか食べれないですよ。


本人曰く、まだ肉汁がたらんなぁ〜って、これはまだ未完成の味?

そうなんだ、早く完成品を食べたい。


ハンバーグやオムライス、カレーといった洋食系をメインにするようです

さすがに、元々はフランス料理出身なのでベースはしっかりとしていますね。


彼は、 辻調理師専門学校時代からの友人で、学生時代、彼は卒業作品展で優秀賞を取って、テレビに出てたりしていましたね、それの何が凄いかって、つまりは優秀賞ではなく、その集中力が凄い、バイクでもその当時に大型のバイクを一発で合格したりとかしていましたしね。

その頃、お互いの大阪時代、彼は CB750だったんだろうか、750ccのバイクで私は中古で買った、赤のRX-7でよく遊びにいったもんです。


何かをやろうとした時に重要なのはどこまで集中して、どこまで極めれるかという事、その辺は彼はまさに天才的。


私としても、彼は、部下でいるよりも、その天才ぶりを発揮した、経営者の仲間として、美味しいお酒が飲みたい、その方が楽しい。


お店の名前は、「フラノ・デリ・カフェ」っていうんですね、私は、彼のように自分に実力があれば、「高橋食堂」がドンとした感じをかんられるような気がしていいのではといったんですが、どうも彼にはその名前はベタすぎるらしく、「フラノ・デリ・カフェ」になったようです。


デリ・カフェ のデリはデリカテッセンを意味していて、今後、テイクアウト的な料理や、総菜的なものですかね、考えているようです。


フラノデリスが街の中に7年前にオープンした時のように、あまり資金が無く、でも誰からも資金援助などもちろん無い、あるのは、頑張ろうとする気持ちと前向きにやろうとする事で得られる自分の知恵だけ。


あるものは全て使おう、自分で出来る事は全てやろう、7年前、何回も通った、百円均一のお店、自分を見ているようで、うれしいです。

ほんと、独立するのも、自分との戦いですよね、誰にもいわれない分、自分に甘えてしまえば、それで負け、常に前向きに、ポジティブ!、ポジティブ! ポジティブ!ですね。


また、富良野に、一つ楽しみが増えましたね。


(写真はその時のものではなく、ネット上にあったものです、使って、ごめんなさい!)

韓国へ行ってきました。

2008年2月21日木曜日

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4日程、韓国へ行ってきました、旭川から出発するアシアナ航空があるんですよ。

便利なもので、旭川からちゃんと乗れば数時間後には韓国へ、旭川空港にもちっちゃいけど、DUTY FREEがありました。

韓国へ行ったのはいつもの飲み仲間達5人です。


ついた早々からいろんなものを食べまくりましたね、不思議なのは5年前にも行ったときもあったんですけど、フラノデリスのドゥーブルフロマージュのような仕上げ、つまりケーキクラムを表面にまぶしたような感じのケーキ、それはどこへ行ってもサツマイモのケーキでしたね。

自然とどこでもその仕上げになっていったんでしょうね。



5 年前に行った時と今回行ったときの感想は、5年前に行ったときは何となくですが、ソウルは東京を目指している町のような感じを受け、あ、ここは東京のどこかの感じがするとか、ここはどことか、でもまだそこには随分と差があるように感じて、東京を目指している途中なんだろうなと感じました。


でも今回行ったときの印象は、もう既に並んでいるか、超えているかもとそう感じ、その急激な進化に驚きまた、真っ直ぐな印象を受けるその進化はすばらしく感じました。


最もどの部分がどうなのと聞かれると、わかりませんが、私自身が漠然と感じた感覚です。


もしかしてと思ったのが、韓国にはまだ徴兵制度がありますよね、誰でもみんな軍隊に入らなければいけない、数年間。


しっかり人間として出来ていない人でも、その規律の中で、しっかりとした強い人間になって出てくるのではないだろうか。

すくなくとも、そのままだらだらと年齢を重ねるよりはいいのではないか。そんな気がします。


私たち日本人で今徴兵制度があったら、どれくらいがついていけるのだろう、きっと全然だめなのではないか、今の私たちは、その昔の栄光にあぐらをかき、全然駄目になろうとしているんじゃないのか、そんな気がしました。

ドゥーブルフロマージュ

2008年2月12日火曜日

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最初、このお菓子を作ろうとしたきっかけは、東京の世田谷に「ROY'S TOKYO」を出すって言う記事が月川産業(現、ソーホーズホスピタリティー)から出ており興味があったので電話して、面接をしてもらった、しばらくハワイへ行き研修を行った。


6人位で日本から研修へ行き、私はワイキキのロイズで研修をしていた時に、ニューヨークチーズケーキを作っていたんですよ、フラノデリスのお菓子は、その頃のハワイのロイズの時にヒントになった事がたくさんあります。


通常、私たちは、ヨーロッパの方ばかり意識して、お菓子はヨーロッパかなって感じになってしまいがちですが、以外にアメリカもいいものです。

もちろんヨーロッパにしても、アメリカにしても、ヒントって考えですが、ヒントは以外と違う所にあるような気がします。


ヒントではないですが、研修初日、温度も、計りも、なんや全部単位が違うのみびっくり、オーブンは華氏って言うんですかね°Fのやつで全然違うし、液体をはかるのも、カップ、パイン、ガロンみたいな単位で、重さもオンスで計りも、もちろんそれ、それを考えていなかったので、そうだよって、何となくアメリカは世界の標準みたいな感じがしていたので驚きでも違う国って感じでたのしかったですね。


そうそう、話がずれますが、そのニューヨークスタイルチーズケーキをいつも焼いていて、生地の中に何か入れたものとか、チーズケーキにラズベリーとかをのせたものとかありましたね。


その後日本へ戻り、働いているときに、このチーズケーキにチーズのムースをのせたら美味しいのではないかと思い、2層に、案の定、うまい。


ドゥーブルフロマージュ、最初に出したのは、今はありませんが、ロイズレストラン東京でした。その次は、これももうありませんね、今はスターバックスになっていたような、ソーホーズの店舗で名前が思い出せないんですが、渋谷の東急ハンズの坂をのぼったあたりだったろうか、その店が2番目に出した店でしたね。


次に、店舗を変わって、三宿にあるケーキ屋「ラテール洋菓子店」で出した時ですね。あの時は確か名前は「ドゥーブル」だけにしたんだと思います、今でもドゥーブルがでているかどうかはわかりません。


その後、独立してフラノデリスのメインのお菓子となり、ルタオに伝わり

フラノデリスでは、メインの座はプリンになり。


でもいつ食べてもやっぱりドゥーブルは美味しいですね。

傑作だと思います、でも難しいのが、その作るときの状態、例えば生クリームをどうやってたてるか、空気の入り方や、あわせ方までもあります。ちょっと状態が変だと美味しいけど、全然感動しません。

似ているけど、全く違うものなってしまいます。

冷凍もだめですね、組織が変わってしまい、これもやはり似て非なるものになってしまいます。


食べて美味しいのは、下のベークドチーズが空気が入りながらもしっかりとしていて、ムースの部分は空気が入りすぎず、つるっとしながらも、ふわっとして、口の中で、ベークドチーズはムースを、ムースはベークドチーズをとひきたてる、そんな役割です、つまり人と同じです。

ドゥー・フイユ

2008年2月10日日曜日

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見た目は既にある、レーズンサンドと実は同じです。

これは、ホワイトチョコがサンドしてあります。


ドゥーフイユは、2枚の葉っぱの意味、2つがあって一つになる、一対だったり、カップルだったり、夫婦だったりとかの事かどうかはわかりませんが、そういう意味にしました。


この前の池袋東武での物産展でアイスクリームにこのクッキー(サンドする前のもの)をさして販売していたんですよ。

すると、アイスも美味しいけど、このクッキーは販売していないんですか?

その質問はものすごく多かったです、この葉っぱのクッキーは小麦粉が少なく、バターが多く、アーモンドパウダーも入っていて、サックッとして、香ばしくとても人気でした。


今回ホワイトチョコをはさんでみたんですが、すごく美味しかったんで、製品化となりました。

もちろん一つずつ手作りです、と言うか、フラノデリスのお菓子達は全て手作りばかりで、何一つとして、仕入れているものや、 OEMのように外注に出しているものはありません。


チラシや、もちろん、ホームページなど全て、内部で行っています。

私が北海道へ来たのも、全ての理想がそこにあるような、美味しさが作れるのではないか、利益ばかりを追求しなくていいのではないか、美味しいものを作り、食べてもらいたい、喜んでもらいたい、そんなシンプルな思いから移住してきました。


本当の意味で、美味しいと思ってくれる人が一人でもいればそれでうれしい、ついて来ようと思ってくれるスタッフが一人でもいればうれしい、夢は自分がやりたいと思える事をやっていきたい、ただそれだけです。

ブラックデーって?

2008年2月 8日金曜日

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2月14日がバレンタインデー、3月14日がホワイトデー、4月14日はブラックデーとあるようですね。もっともブラックデーは韓国で盛んに?あるようです。


韓国では2月14日のも3月14日にも関係のなかった人達が黒い服を着て集まってじゃじゃ麺を食べるらしいです。


黒いお菓子をブラックデー用に用意してみようかなと思いましたが、おそらくはそれは自分用なので贈り物じゃ無いですよね、それにちょっと変かもと思いやめておきましたが、もし必要な方がおられてこのブログを見られていたら私宛にメールを下さい、ご用意します。


これも最も誰かが考えだした物でしょう、記念日とは言えないような気もしますがでも、前向きに考えれば、そこから何かが生まれるかもしれませんね。


私、藤田はどういう訳か、3月14日が誕生日でホワイトデーの日です。

その日は他にはアインシュタイン博士が誕生日のようです、実は、私は中学校、高校時代に理系がとても好きな子で、いつもそういうような本を読んでいたりしていました、しかし興味がある物と興味がない物の差が激しく興味があると馬鹿みたいに集中してのめり込み、成績も良いのですが、興味のない物は全然わかりません。


覚える気にもならないというか、覚えれません。その結果、毎回ギリギリの点数だった記憶があります。アインシュタインの本を読んで、誕生日が同じだった事でよけい好きになって、単純な私でした。


今もその傾向はあり、最も、覚えられないのが道(地図)です。名前は「みちお」って言うんですけどね

どうもだめです、毎回妻に、まだ覚えられないの、なんかい通ってるのって、毎回攻められます。将来は、運転手を募集しないとって...そんな身分じゃないです、すいません。


カーナビがないと全然運転が出来ない私は、例えば、旭川のレストラン「ハーベストロードハウス」もう何回、何回も行っているのにたぶん、カーナビがないと、行けないかも...


でもこんな事が書いてありました、どの本だったかは知りませんが、アインシュタインの逸話ですが、彼はエレベータの使い方?ボタンの押し方なのかその頃は複雑だったのか、私にはこれは複雑でわからないと妻にいつもいお願いしていたようです。

ちょっとほっとします。


まぁ人には向き不向きがあって、全てをパーフェクトには出来ないですよね、でもきっと、道が覚えられない分は他の事が覚えられるのではないか、そんな気がします。


重要なのは、前向きに考える事、人と違う事を考える事、現状にとらわれない事、ですかね。

悲別

2008年2月 3日日曜日

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富良野演劇工場で...

「悲別」を観てきました。

重〜い感じのお芝居ですが、絶対に忘れてはいけない原点のようなもの

を感じました。

私は出身が岐阜県なので炭坑の事はわかりません、北海道の開拓つまりは

日本の始まりや世界の始まりのような、その頃はどうだったのか。


「生きる事」がもっと重要というか。ふ、とすると生きていけない時代

そんな思いをしました、今があるのはなぜなのか、その頃にその時代に

先人達が一生懸命生きてくれた、だから北海道があり日本があり、世界が

ある。文明や機械が発達した今だった簡単な事かもしれないが、過去がな

ければ今はありえない訳だし、忘れては行けない重要な過去、また始まり。


今は。いろんな物があって、便利になり、いろんな職業があり、働く人は

たとえ、仕事がなくなってもいろんな物に守られて、例えば、生活保護や

失業保険、などでしょう、それは当たり前に貰えるような、そして人はどんどんと弱くなり、何かに頼らないと生きていけない。


何かが便利になると、何か重要な物を失うのでしょう、そしてそれはあた

りまえになり、そして今の便利さを、今が便利になったのではなく、過去

が不便だったように感じる、そして不便だった過去を忘れて、また便利な

未来へ続く、でも忘れては行けない始まり、なぜこうなったのかを。


「フラノデリス」が通販で有名になっていますが、なぜなのか、もちろん

そのコンセプトである出来立てを新鮮に、みたいな、それを実践した。

でもなぜこんなにも急激に伸びたか。


私はわかっています、それは、私なんかが来るもっとす〜と前から

倉本先生の「北の国から」がありそれを、愛していた人たちが、富良野を

すばらしい町にしてくれてた、有名にしてくれていた、新鮮なイメージを

そのオーラを発信し続けてくれていた、そして、そういう文化的な香りの

する人たちもたくさん富良野にはいた。


不思議だった、富良野の名前をお店の名前に入れた、あっと

言う間にフラノデリスは有名になった、そうではなく、富良野は既に、

有名だった、コンセプトの向く方向が合っていたのでその勢いで伸びる

事が出来た。


2001年にフラノデリスがもし、別の場所だったら、いくら美味しくても

こんな風にはなっていないでしょう、美味しいと、小さなヒットはしてい

たかもしれませんが、それにもし「フラノデリス」ではなく「藤田菓子店」だったらこれも違うかもしれません。


フラノデリスは富良野があって丁度のタイミングで出来たもの、偶然なのか必然なのかまだわかりませんが。


話がずれたかな、言いたい事は、私たちが生活しているのも、フラノデリスがあるのも、過去の北海道や日本の歴史の先にあるという事、またそれを忘れてはいけないと言う事。


私たちはそれをどうやって未来に続けるのかを大きく考える必要があるかもしれません、でもそれは、よくある偽善的ポーズでもなく、何人かが集まって決めるような事でもなく、自然発生的にみんながその方向へ向かうといのでしょう。

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プロフィール

誕生日:1964年3月14日
血液型:O型
出身地:岐阜県
特技:肩こり?
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2001年春、東京から北海道富良野に美味しい素材を求めて移住しました。
富良野には美味しい素材がいっぱいですよ、美味しいお菓子もいっぱい作ってますからねぇ~。

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