悲別

2008年2月 3日日曜日

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富良野演劇工場で...

「悲別」を観てきました。

重〜い感じのお芝居ですが、絶対に忘れてはいけない原点のようなもの

を感じました。

私は出身が岐阜県なので炭坑の事はわかりません、北海道の開拓つまりは

日本の始まりや世界の始まりのような、その頃はどうだったのか。


「生きる事」がもっと重要というか。ふ、とすると生きていけない時代

そんな思いをしました、今があるのはなぜなのか、その頃にその時代に

先人達が一生懸命生きてくれた、だから北海道があり日本があり、世界が

ある。文明や機械が発達した今だった簡単な事かもしれないが、過去がな

ければ今はありえない訳だし、忘れては行けない重要な過去、また始まり。


今は。いろんな物があって、便利になり、いろんな職業があり、働く人は

たとえ、仕事がなくなってもいろんな物に守られて、例えば、生活保護や

失業保険、などでしょう、それは当たり前に貰えるような、そして人はどんどんと弱くなり、何かに頼らないと生きていけない。


何かが便利になると、何か重要な物を失うのでしょう、そしてそれはあた

りまえになり、そして今の便利さを、今が便利になったのではなく、過去

が不便だったように感じる、そして不便だった過去を忘れて、また便利な

未来へ続く、でも忘れては行けない始まり、なぜこうなったのかを。


「フラノデリス」が通販で有名になっていますが、なぜなのか、もちろん

そのコンセプトである出来立てを新鮮に、みたいな、それを実践した。

でもなぜこんなにも急激に伸びたか。


私はわかっています、それは、私なんかが来るもっとす〜と前から

倉本先生の「北の国から」がありそれを、愛していた人たちが、富良野を

すばらしい町にしてくれてた、有名にしてくれていた、新鮮なイメージを

そのオーラを発信し続けてくれていた、そして、そういう文化的な香りの

する人たちもたくさん富良野にはいた。


不思議だった、富良野の名前をお店の名前に入れた、あっと

言う間にフラノデリスは有名になった、そうではなく、富良野は既に、

有名だった、コンセプトの向く方向が合っていたのでその勢いで伸びる

事が出来た。


2001年にフラノデリスがもし、別の場所だったら、いくら美味しくても

こんな風にはなっていないでしょう、美味しいと、小さなヒットはしてい

たかもしれませんが、それにもし「フラノデリス」ではなく「藤田菓子店」だったらこれも違うかもしれません。


フラノデリスは富良野があって丁度のタイミングで出来たもの、偶然なのか必然なのかまだわかりませんが。


話がずれたかな、言いたい事は、私たちが生活しているのも、フラノデリスがあるのも、過去の北海道や日本の歴史の先にあるという事、またそれを忘れてはいけないと言う事。


私たちはそれをどうやって未来に続けるのかを大きく考える必要があるかもしれません、でもそれは、よくある偽善的ポーズでもなく、何人かが集まって決めるような事でもなく、自然発生的にみんながその方向へ向かうといのでしょう。

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プロフィール

誕生日:1964年3月14日
血液型:O型
出身地:岐阜県
特技:肩こり?
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2001年春、東京から北海道富良野に美味しい素材を求めて移住しました。
富良野には美味しい素材がいっぱいですよ、美味しいお菓子もいっぱい作ってますからねぇ~。

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