送別会&歓迎会
2009年11月30日月曜日
カフェスイーツに載ってますよ。
2009年11月27日金曜日
キャビアづくしのハーヴェスト
2009年11月26日木曜日
牡蛎パーティー
2009年11月25日水曜日
丸見えお尻とボジューレーヌーボー
2009年11月23日月曜日
ヘンリー6世
2009年11月22日日曜日
上海百貨店
2009年11月21日土曜日
私には、2人の師匠がいます。
一人は、リリエンベルグの横溝シェフ、もう一人が、写真に一緒に映っている月川蘇豊氏。
昨日は、月川さんがオーナーの西麻布にある、上海百貨店に行ってきました。
上海百貨店って、東武とか阪急のような百貨店じゃないですよ、レストランです。
月川さんとお会いするのはすごく久しぶりでした。
今から、何年前だろう、15年くらい前だろうか?
ある時、求人の雑誌、確かデューダだかフロムAだったかを見ていた時、ハワイのロイズレストランの東京店オープンで、そのオープニングスタッフの募集の案内を見て。
そのまま、その番号を覚えて、公衆電話で電話をかけ、求人誌を見たんですがと問い合わせたんですね。
すると、月川さんと電話がつながり、その日の夕方面接。
なんと、
とりあえず、ハワイで研修してもらうんだけど、ビザがとれるまで3ヶ月くらいかかるから、それまで給与を出しておくからどこかで働いていてと言われ。
初めて、会った私にですよ、すごいですよね。そんな方でした。
その後、ハワイで研修をして、帰ってきて、もちろん、ここではお菓子やデザートを担当しました。
でも、それ以上に、今の経営的な感覚やセンスをつけたのは、月川さんの所で働いたからだと思います。
すごく感謝しています。
ある時なんか、私が、パソコンを一生懸命やっていた頃の事です。
事務所で教えてきてくれと言われたり。
その頃、高価だったデータベースのソフトが欲しいんですがと言うと
買っていいぞと、あっさり言ってくれたり。
今のドゥーブルフロマージュが生まれたのもこのロイズレストランから生まれたんですよ。
以前、こんな事もありましたね、何をしていた時かだろうか、何かの会話の中で月川さんが、私に、お前も俺のように経営者になるんだろうからと。
図星である。
私のすべての行動は、自分の為の物で、自分の成長がすなわちお店や会社の成長だろうしと考えて、
何をするにも、全て、どん欲に、全てをやってきました、結果、自分のスキルアップがお店や会社のそれに当然つながったんだと思いますし、だから、今のフラノデリスがあるんだろうと思います。
働かされているとか、働いてあげているとかじゃ無いんですよね。
自分のスキルをアップする、そのチャンスがあったんですよね、そこには。
また、私は、会社に使われていると思った事も当然、一度も無く、むしろ、自分の思うように使っていました。まるで経営者のようにです。朝早くから、時には何度も何度も徹夜もしましたね、でも楽しかったです。
私が結婚をしたのは、月川さんの元を離れた時だったのですが、
俺は、お前の結婚式行くからなと言われ。
マウイ島のワイレアのホテルで行いますと言っただけで、当日来てくれていました。
もう、びっくりでした。
今でも、大変尊敬しています、今日は楽しかったです。
ドゥーブル物語(ふじたものがたり)
2009年11月19日木曜日
http://www.double-fromage.com/ドゥーブルフロマージュ物語って言うスペシャルサイトがあるんですよ。
これは、ドゥーブルフロマージュ物語でもあり
「ふじたみちお」の物語でもあります。
第1話、第2話と続いて行きます。
赤のポルシェ
2009年11月19日木曜日
この日は、私愛車、赤のポルシェをカシータの高橋さんに譲った日です。
少し前に、バリのアマンリゾートに高橋さんと一緒に行ったときの事です、私は、別の車を買うんですが
それも赤いので、大好きなんだけど、ポルシェを売ろうと考えていると話したら、
即答で、俺買うから、と
え!と思いながらも、嬉しかった、次に高橋さんが乗ってくれるのなら安心、だしうれしい。
じゃぁ、私が乗って持って行きますからと数分で決まりました。
それで私は、苫小牧から大洗まで19時間フェリーに乗って、私が自走して、東京まで届けました。
今回のポルシェの譲渡式に集まってくれた人たち、この日もたくさんのみました。最後は、みんなあまり、意識が無かったように思います。
つくばの友人、コートダジュールの中山シェフは、愛媛で釣ったばかりの魚をその足で
持ってきてくれました。
この赤のポルシェは....
私が3年ちょっと前に、札幌のディーラーに電話して
ポルシェが欲しいんですが、どれくらいかかりますか?って聞くと、半年くらいですかねと。
じゃぁ、今あるのって何がありますかと聞くと、赤のカレラ4Sがありますと言われ。
私は思わず、やっぱり赤なんだと。
なぜなら、
25年以上前の話です、
私はその頃、赤のRX-7に乗っていました。
昔の写真でちょっと恥ずかしいのですが...一緒に写っているのは、以前、富良野でちょっとだけデリカフェって店をやっていた高橋と
車の中にいるのは、彼は、井川って、随分前に、唯我独尊でも働いた事があった人物。
3人とも辻調理師専門学校時代の同期です。
そうです、この頃私は RX-7に乗りながら、いつか、赤のポルシェを買ってやると思っていました。
私の自慢は、ずーと赤のポルシェを買いたいと思い続け...20年以上経った今から3年ちょい前の事です。
ディーラーに聞いたら、赤のポルシェがあった。やっぱりあった、まるで運命のよう。
私は、思わず、それとっといてもらえますか、今度買いに行きますからと。
数日後にディーラーへ行き、数分車を眺め。
これもらえますかと、あっさり。
この時、きっとディーラーの人は驚いたでしょうね。
なんせ、数分で決めたんですからね、私は。
でも数分で決めたけど、20年+数分な訳ですよ実は。
ずーと欲しかった車ですよ。
私は、以前働き出したばかりの頃、東京で働いていたお店で、私より20才以上年上の上司、その頃の課長ですかね。
ある時彼は、こう言いました。
ケーキなんてな、ほとんど利益無いんだからな。
俺の給料なんかな、お前らよりも安いんだよ、なんて、言っていました。
たぶん、それは、それは利益が無いとかではなく、無駄にするなと言う事だったろうし、おれはお前らよりずっと仕事がおおいんだよ的な事だったのかもしれません。
私が思ったのは、それでは夢が無い、私の20年後はこれなんだと思うと全く夢がない。
どんな職業の人もそうですが、今からやろうとする人にまずは夢を持たせないといけない。
私は思う。
パテイシエは、ある意味では、成功すれば、プロ野球選手や、医者のような、収入も得られる
もちろんそれが全てではないのですが、そんな夢のある職業だと思います。
もちろん、その成功者はどんな職業でもそうでしょうが、何パーセントにも満たないかもしれない
でも、夢を失わなければきっと成功すると思う。
何のためい働くのか、全て自分の為である。
自分が自分の為に頑張れて、それが会社の為になって、やがては独立できる。
独立したら、今度はみんなに夢を与える。
私も、富良野へ2001年に移住しました、その時の所持金は700万円
もちろん富良野の事は何も知らなかった。
私の生まれは、岐阜県、妻の生まれは、徳島県。
どこが町中なのかわからなくて、交番で、不動産屋さんどこですか?
と聞いた所からはじまりました。
頑張れば、誰でも何でも出来ますよ、人の能力なんて誰も変わらないですよ。
まずは、やろうと思う気持ちを持って、一歩づつ登る事ですよね。
一気には、誰ものぼれません、毎日ちょっとづつです、気がついたら高い所にいますよ。
夢を持ち続ける...
これだけです。











